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新潟地方裁判所長岡支部 昭和34年(わ)43号 判決 1960年3月01日

被告人 中村覚

昭九・六・二八生 無職

主文

被告人を死刑に処する。

領置してある洋傘一本及びその骨三本(昭和三十四年領第二十号の一、二)、同ゴム長靴一足(同号の十五)はこれを被害者川上克而に、同時計一個(同号の十六)はこれを同鈴木福治にそれぞれ還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、実父がもと朝鮮、満洲等の警察官をしていた関係から、朝鮮咸鏡北道において出生し、実父の転任等に伴い、幼少時朝鮮、満洲の各地に過し、終戦間近い頃、実母や弟妹等とともに肩書本籍地に帰住したが、程なく実母に死別したうえ、実父の失職等により、貧窮と住居の不安定等、不遇裡に養育された。そして、度々病に悩まされながら、学業も振わぬまま中学校を卒業し、硝子工場やクリーニング店等に雇われたものの、いずれも長く続かず、次第に性格のゆがみを見せ、少年時代から非行を重ね、かつて、強盗殺人未遂等を犯して特別少年院に収容された後、更に非現住建造物放火を犯し、懲役四年に処せられ服役中、ヒステリー性々格異常と診断され、昭和三十三年十月、医療刑務所からの出所に伴い、新潟県長岡市の県立療養所悠久荘に収容されて療養した後、昭和三十四年二月二日頃同県三条市に居住せる実父方に復帰し、同市内の研磨工場に見習工として勤務するようになつた。ところが、被告人は、間もなく種々の不満を訴えて、実父等を悩ませていたところ、同年三月三十一日朝、秘かに東京に赴くことを企て、一旦右勤務先に出向いたまま、右実父方から無断で家出し、各所を放浪中、金品を入手せんとして、

第一(一)  同日午後八時頃、同市東裏館千五百五十八番地小林樹四郎方前附近の道路上において、増田富一所有の自転車一台(時価約一万円相当)を窃取し、

(二)  同年四月二日午後八時十五分頃、同県柏崎市本町五丁目丸満電気商会前附近の道路上において、丸田義基所有の自転車一台(時価約二万四千円相当)及びサロンパス一箱、トクホン二箱(時価合計約三千円相当)を窃取し、

(三)  同月四日午後五時十五分頃、同県長岡市大手通一丁目大一印刷所前附近の道路上において、諸橋正美所有の自転車一台(時価約一万七千円相当)を窃取し、

(四)  同月五日午後八時頃、同県小千谷市本町四丁目五番地の甲織田久三郎方前附近の雁木下において、同人所有の自転車一台(時価約一万五千円相当)を窃取し、

(五)  同日午後十時頃、同市大字桜町二千六百八十三番地吉沢亀吉方の玄関口において、川上克而所有の洋傘一本(昭和三十四年領第二十号の一)及びゴム長靴一足(同号の十五)(時価合計約八百円相当)を窃取し、

第二  更に、前同所附近を徘徊した末、同日午後十一時三十分頃、夜陰に乗じて前同町千三百九十六番地農業鈴木福治(当五十一年)方に赴き、翌六日午前四時頃までの間、同人方において、所携のハンカチをもつて鼻、口部を覆い、サングラス(前同号の十七)をかけたうえ、家人等の様子を窺いながら、徐々に内部に入り込み、同家玄関脇附近において、右足の不自由な福治が杖代りに使用していた樫の棒(同号の十三)を発見するや、これを携え、同家茶の間内の炬燵に入つていた福治及びその妻マサ(当時四十三年)のもとに至り、矢庭に、右樫の棒を突きつけながら「金を出せ、騒ぐと命がないぞ」「外にも二、三人いる」等と申向け、その要求に応じなければ、右夫婦等の生命、身体等にいかなる危害をも加えかねない素振りを示して右夫婦を脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、マサから現金二千円を強取し、なおも右夫婦に「もつとあるだろう、出さないと命がないぞ」等と怒鳴りつけて金品を要求したが、畏怖せる右夫婦の態度をもどかしとし、自ら物色して金品を強取せんことを企図し、マサに指示して、右茶の間内等にあつたタオル(同号の三、五)、手拭(同号の八)及び晒布(同号の九)等をもつて、福治の両腕を後手にして縛らせ、かつ、自己の両足をも縛らせ、更にマサの両腕を後手にして縛り上げ、それぞれ目隠しをしたうえ、同家二階の間に就寝していた右夫婦の長女真知子(当十三年)を揺り起し、同女にいかなる危害をも加えかねない素振りを示しながら「静かにしろ」等と申向けて脅迫した後、右茶の間内から麻繩(同号の十四)を探し出し、裏二階の間に就寝していた同長男幸一(当十七年)のもとに至り、前同様にこれを脅迫したうえ、右麻繩をもつて、自ら両足を縛らせ、その両腕を後手にして縛り上げ、もつて同家の家人をいずれも反抗不能の状態にさせたうえ、右家人等を絶えず監視しながら、ゴム手袋(同号の七)をはめる等して、同家屋内を隈なく物色し、福治所有又は管理のスーツケース、懐中時計(同号の十六)、背広上衣その他の雑品併せて約四十二点(時価合計約二万円相当)を強取し、同家から逃走するに当り、右犯行の発覚せんことをおそれ、この際、同夫婦を殺害する外なきものと決意し、たまたま同家作業場において、柄の長さ三十糎余、頭部の重量約八百九十二瓦の玄能一挺(同号の十一)を発見するや、これを携えて福治の背後に廻り、突如右玄能を揮つて同人の後頭部附近を数回強打し、よつて同人が失神して昏倒するや、続いて、タオル(同号の四)をもつて、マサの頸部を強く絞めつけて緊縛し、よつて即時、マサを窒息死させてこれを殺害したが、福治に対しては、右犯行により同人がすでに死亡したものと誤信し、そのままこれを放置して逃走したため、その後頭部に約四十五日間の加療を必要とした長さ二ないし十糎、巾二ないし三粍の挫傷五箇位を負わせたのに止まり、殺害の目的はこれを遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は異常性格者であつて、そのため本件犯行当時いわゆる心神耗弱の状態にあつたものである旨主張している。なる程、被告人の司法警察員(証拠書類綴五六五、六一三丁)及び検察官(同六六八丁)に対する各供述調書、中村徳次の当公廷における供述(公判記録一四二丁)、同人の司法警察員(証拠書類綴五一一、五二一丁)及び検察官(同五三三丁)に対する各供述調書並びに中村比呂志の司法警察員に対する供述調書(同五四一、五四八丁)の各記載を総合すれば、被告人は、新潟県柏崎市において中学校を卒業し、硝子工場等に勤務した後、上京してクリーニング店等に住込勤務したが、その頃から性格のゆがみを見せて、反抗的態度を持し、少年時代、すでに非行の反覆と非行性の深化を辿り、判示のとおり、強盗殺人未遂等を犯して特別少年院に収容せられたが、その効なくして、更に非現住建造物放火を犯したため、懲役四年に処せられて服役中、ヒステリー性の性格異常と診断され、医療刑務所からの出所に伴い精神病院に強制収容されていたものであつて、これまで度々、無断家出、放浪等の外、衝動的に意外な行動を示して、家族等を痛く悩ませていたこと並びに鑑定人作成の被告人鑑定書(公判記録一二二丁)の記載によれば、被告人は、現在、意志欠如、不安定、気分易変、爆発の各傾向にそれぞれ異常性を示し、爽快、即行、無力の各傾向に偏倚を有しているうえ、殆んど情緒的統制をなし得ないものであつて、衝動的に容易く反社会的行動を惹起する危険のある性格異常者又は精神病質者に属し、本件犯行当時も同様な精神状態にあつたことが認められ、被告人の本件犯行がその性格の異常性に起因していることも亦推認される。しかし、右鑑定書、被告人作成の遺言書(昭和三十四年領第二十号の十八)及び「遺言の章」と題する書面(同号の十九)の各記載その他本件記録を更に仔細に検討すれば、被告人は、その思考力、記憶力及び表現力等において、いずれも通常人に劣るところなく、生来、知能上の欠陥はこれを有しないものであることが認められる。従つて、被告人は、本件犯行当時、前記のとおり、その性格に異常性を有してはいたけれども、自己の行為に対する道徳的価値判断能力、すなわち、是非善悪の弁識をし、右弁識に基く行動能力に著しい障害を有したものとは認め難い。又、被告人は、幼時から脳膜炎、中耳炎、百日咳、頸推カリエス又は蓄脳症等に罹患して種々の苦悩を重ね、大部分根治したとはいえ、まだ多くの身体的負因を有していることも認められるが、右鑑定書の記載によれば、被告人は、略普通域に属する知能水準にあり、かつ、右のとおり判断能力を有するものであることが認められ、右病気の罹患による精神障害も亦認め難い。

よつて、弁護人の右主張はこれを採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二百三十五条に、同第二の所為中、鈴木マサに対する強盗殺人の点は同法第二百四十条後段に、同鈴木福治に対する強盗殺人未遂の点は同法第二百四十三条第二百四十条後段に、各該当する。そこで、被告人に対する量刑について考えるに、本件は、被告人が単なる物慾を満足せんがため、判示のとおり、深夜約四時間半にわたり、鈴木福治等家人の反抗を不能にさせたうえ、これを絶えず監視しながら屋内を隈なく物色して多くの金品を強奪したのみでなく、何等の関係もなく、又全く抵抗してもいない福治に対し、殺意をもつて判示玄能を揮い、その後頭部を数回強打して重傷を負わしめ、よつて同人が失神、昏倒するや、続いて、善良な三子の母親であり、かつ、長年病める夫福治を抱えて献身的な努力を続けていた働き盛りの鈴木マサを絞殺して逃走したものであつて、長時間福治等を戦慄させたうえ、右マサの無上に尊貴な一命を奪い、一夜にして福治等遺族を悲運の底に転落させた極悪、非道な所為は、実にその類に乏しいのみでなく、これによつて広く社会の耳目を聳動させた責任は極めて重大である。なお、被告人は、性格異常者であるとはいえ、すでに数度兇悪犯罪を重ね、長期間受刑している等、刑事前歴、前科も少くないのに、敢えて本件犯行に及んだものであつて、被告人のために酌量すべき情状は、これを見出し難い。よつて、本件の刑責に対しては、被告人をして極刑に服せしめるのが相当であると思料し、右第二の中、鈴木マサに対する強盗殺人の罪につき所定刑中死刑を、同鈴木福治に対する同未遂の罪につき所定刑中無期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるところ、同法第四十六条第一項により、右鈴木マサに対する強盗殺人の罪の刑をもつて、被告人を死刑に処する。なお、領置してある洋傘一本及びその骨三本(昭和三十四年領第二十号の一、二)並びに同ゴム長靴一足(同号の十五)は、被告人が判示第一(五)の犯行により窃取した賍品であつて、被害者川上克而の所有に属することが明らかであり、同時計一個(同号の十六)は、同第二の犯行より強取した賍品であつて、被害者鈴木福治の所有に属することが明らかであるから、刑事訴訟法第三百四十七条第一項により、それぞれ被害者に還付する。又、訴訟費用は、被告人が貧困のためこれを納付することのできないことが明らかであると認め、同法第百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させないことにする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井尚三 菊地博 川瀬勝一)

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